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about gang stage....
beginning....
1985年11月第3木曜日にそのパーティーはスタートする事になる。
ロンドンナイトに続き、新宿のあの伝説のディスコティーク「ツバキハウス」でスタートした、Special night scene
それが「GANG STAGE」60's Pop & Beat clubだ。
これは、当時ロカビリーナイトをプロデュースしていたビリー北村の引率のもと当時まだDJではなくロンドンナイトやツバキハウスの顔だった藤井悟が中心になり、アートスクールに通っていた占部宏二をアートディレクター、まだ学生だった稲葉達哉と当時ツバキハウスのスタッフDJだった牧野マサミがDJ、毎月バンドをブッキングしていた黒田マナブ、そして何人かの60'sファン、モッズ、ソウル・ボーイズたちのアイディアによってコーディネイトされ。
ホールやエントランスには60年代の映画やファッション雑誌をモチーフにしたデコレイションが施され、当時デビュー前のブルーハーツ、ゴーバンズ、レピッシュやモッズに人気の高かったザ・ヘアの前身バンドブライトンブルービーツやスカフレイムス、スタンダーズなどが出演し、ホールを盛り上げた。
そして、このパーティーは約2年間「ツバキハウス」が閉店するまでの間、毎月続けられた。
その後、西麻布のピカソや六本木オデオンで何回かオープンし、1989年新宿のミロスガレージ(現在のワイアー)で毎週のレギュラーセッションとして再スタートをする.....

2nd generation....
稲葉達哉がDJを休業し、黒田マナブがオーガナイズを引き継ぐ事になる。DJも黒田マナブを初めオデオンに遊びに来ていた松田憲明、I-Spyのドラマー和田卓造、スカパラにギターとして参加したマーク(マニック)林、松岡徹も順レギュラーとして参加と様変わりした。
選曲もツバキでのネオモッズやブリティッシュビート、リズム&ブルースから当時のロンドンクラブシーンと平行する様にレアグルーヴ、ノーザンソウル、アシッドジャズがメインになっていく。この頃毎年12月にクラブチッタでのクリスマスパーティーをスタート、ストライクスやザ・ヘアなどが出演した。
黒田マナブがオーガナイズを始める事によってGang Stageはよりいっそうモッド色を濃くして行き、当時渋谷のインクスティックで行なわれていたフリーソウルやイエローでのジャズィン等とは一線を引きよりディープにアンダーグラウンドへと向う。当時DJ山下洋、フォトグラファーヒロミックスやそのバンド クローバーズのメンバー、バックドアメンのメンバーなど重要人物が多く遊びに来ていた。
1996年ミロスガレージの閉店で開催場所を移らなければならなくなり、蜂、三宿ウェブ、渋谷ロックウエストと場所を移し渋谷CAVEで月一のレギュラーに落ち着く.....
ミロスガレージの後半から稲葉達哉がDJに復活、和田卓造とマークがDJをおりる事になり少し前から参加していた一山玉樹、黒田マナブ、稲葉達哉、松田憲明でプレイ、その後ウェブでのレギュラーセッション終了時に松田憲明と一山玉樹がレギュラーを抜け堀井康が参加、CAVEでのスタートの時に加藤直樹がレギュラーDJとして参加する。
平日にも関わらずCAVEでのパーティは毎回大盛況だった。この頃からモッズのパーティーという色は薄くなり東京のクラブシーンの一角を担う事になる。
その後、CAVEの閉店のため、新宿のOTOへ移り毎月第1水曜日のレギュラーイベントとしてスタートする。この時からJaga bがレギュラーで参加。

New sensation....
そして、中田洋平がDJとして参加。2006年1月から毎月第2土曜日のレギュラーセッションとしてリニューアルする...
現在は新しく寺島英知郎をDJに加え東京のクラブらしいクラブを目指し邁進中。
この東京にクラブが出来て20年近くがたとうとしている、GANG STAGEはその歴史とほぼ寄り添うように歩んで来た、たぶんこの東京でもLONDON NITEやクラブスカ以外にはそんなクラブ存在しないだろう、この事はとても重要だ。クラブが夜遊びカルチャーの中で一番輝いていた時、そこからいろいろな物、アート、ファッション、ミュージッックが次々に誕生していた時、もちろんGANG STAGEも多くの物を生み出していった、だからこそこの東京には個性的なモッズ・シーンがあり60'sポップカルチャーを愛する人たちが集える場所があるのだと、自信をもって断言出来る。
だからこそGANG STAGEは今のままでは満足しない、新しい何かを生み出す力がそこには有るし、また造ってきたからこそのセンスも存在する。だから、期待して欲しい未来はここから始まるのだと!
Text by 黒田マナブ (Manabu K. Dove)